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ブリクセン/ディネセンについての小さな本

A Little Book about Blixen
<a href="https://eulitfest.jp/year2024/speakers/entry-281.html">スーネ・デ・スーザ・シュミット=マスン</a>

 カレン・ブリクセン/イサク・ディネセンという主に二つの作家名で知られ、デンマーク語と英語の二言語で書いた女性作家についてのブック・ガイド。
 『アフリカの日々』(河出文庫、2018年)や『冬の物語』(新潮社、2015年)、『七つのゴシック物語』(『夢みる人びと:七つのゴシック物語1(ディーネセン・コレクション)』(晶文社、1981年)をはじめとする作品には何が描かれていたのか? ヘミングウェイに、自分よりもノーベル文学賞を受賞するのにふさわしいと言わしめたデンマークが誇るストーリーテラーは、どんな人生を送ったのか?
 男性のようにズボンを穿き、自動車を運転し、ライオン狩りに行き、離婚し、自立し、外国で初めて真に成功したデンマーク人女性作家として強い女性のロールモデルとされながら、実は『バベットの晩餐会』(筑摩書房、1992年)の世界観に見られる敬虔なキリスト教家庭で培われた古い北欧的な人生観の持ち主だった彼女は、女性運動やフェミニズムに対し、どんな立ち位置にあったのか?
 元ブリクセン博物館ガイドで、現在デンマークを代表する出版社で編集長を務める著者による、文学への情熱ほとばしる熱い解説で、難解といわれるブリクセン/ディネセン文学がたちまち親しみやすく、身近になる!
ギーオウ・ブランデス賞受賞作。

『ブリクセン/ディネセンについての小さな本』
(合同会社子ども時代より、2024年12月2日刊行予定)より


枇谷 玲子 訳

第五章 七つのゴシック物語

『七つのゴシック物語』がデンマークで『七つの幻想物語』(Syv Fantastiske Fortællinger)という題名で出版される前、カレン・ブリクセンはデンマークでどう受け止められるか不安を感じていました。彼女が誤解を恐れる理由が十分にあったことが明らかになりました。『七つの幻想物語』はデンマークの書評家から賛否両論の評価を受けたのです。この本は国際的な成功を収めましたが、批評家の中には文章が上品過ぎて、必要以上に複雑でわざとらしいと感じる人もいたのです。ベアリンスケ・ティーゼネ新聞の書評家は、作品の狂気に意味を見出せず、作家を「ひねくれ者」と、本を「卑猥」と表現しました。「言葉は悪いが、『七つの幻想物語』にはまともな人間が一人も登場しないとしか言いようがない」とその書評家は書き、「すべての若者が姉妹の服を身にまとい、すべての若い女性が野生のイノシシ狩りに出る」ことを理解できなかったのです。最悪だったのは物語の中で繰り広げられる官能的な生活であり、書評家はそれを「最も奇妙な類」のものと見なしました。「男性は姉妹を愛し、叔母は姪を愛し、登場人物の一部は自分自身に恋をし、若い女性は子どもを持てない、もしくは持ちたがらない……」

一方、ポリティケン新聞のトム・クリステンセンは違いました。彼は『七つの幻想物語』を「極めてブルジョワ的な本、高慢であるがゆえに嫌悪されかねず、非デンマーク的であるがゆえに不快を与えかねず、非社会的であるがゆえに非難されうる」と前置きした上で、「しかし天才的である」と断言することを躊躇いませんでした。彼がカレン・ブリクセンの芸術的な文章と比較できた唯一の例は、セーレン・キルケゴールというもう一人の天才だけでした。「論理的な固執で理性を崩壊させるようなデンマークのファンタジーを、天才的なデンマークのファンタジーとしてここに見つけることができる」と書いています。

(中略)

ベアリンスケ・ティーゼネ新聞の書評家の主張はうなずけます。これらの物語は奇妙です。聖書やコーランの他に、ブリクセンはイタリアのルネサンス期の詩人の王、ダンテやボッカチオ、ペトラルカ、それにアラビアの物語『千夜一夜物語』やシェークスピア、ホルベアの入れ替わり喜劇などからインスピレーションを得て、ブリクセン自身の生き生きとした空想と失うものの多かった人生経験を様々に織り交ぜました。まやかしのない力により、ブリクセンは全てを揺さぶり、ひっくり返したのです。登場人物は十九世紀の貴族社会を由来としていて、様々なエキゾチックな到達地点に向かいます――私たちは突然サルに変身させられた修道院の女性修道院長や、ウーアスン海峡が凍りつく際に、亡くなったきょうだいの亡霊が現れるのを今か今かと待つ二人の年老いた未婚の女性や、声を失った女性オペラ歌手や、鼻を失った年老いたアフリカの語り部、鏡の中に自分自身についての真実を探そうとする太り過ぎの貴族男性、拳一つで夫を殺したバレリーナなどに出会います。

『七つのゴシック物語』を読むのは、万華鏡をのぞくのに少し似ています。万華鏡を回したり、ひっくり返したりするたび、新たな模様が目に飛び込んでくるように、『七つのゴシック物語』を読むたび、様々な要素を持った新たな物語が現れるのです。ブリクセンの作品に初めて挑戦する人に、『七つのゴシック物語』はお勧めできません。それよりはガブリエル・アクセル監督により美しく映像化された『バベットの晩餐会』やオーソン・ウェルズにより映画化された『不滅の物語』や『運命綺譚』、『冬の物語』から入るとよいでしょう。ですが一度熱中すると、万華鏡のような物語にいくつもの層が無限に連なっていることに驚かされ、その類い稀なる言葉だけでなく、人間の魂の深みへの鋭い洞察に気づかされます。

人生のすべてには二つの側面があるとカレン・ブリクセンは言いたかったのではないでしょうか。

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