ヨーロッパへの窓

★★★★★★

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スペイン スペイン

うさぎの島

La isla de los conejos

エルビラ・ナバロ

Elvira Navarro

エルビラ・ナバロ(1978)哲学を学ぶ。二部作となる『La ciudad en invierno(冬の街)』(Caballo de Troya, 2007)と『La ciudad feliz(幸福な街)』 (Literatura Random House, 2009)、小説『La trabajadora(女性労働者)』(Literatura Random House, 2014)と中編小説『Los últimos días de Adelaida García Morales 』(アデライダ・ガルシア・モラレスの最後の日々)(Literatura Random House, 2016)を出版。ハエン小説賞、トルメンタ賞最優秀新人作家賞を受賞。最新作は『La isla de los conejos(うさぎの島)』(Literatura Random House, 2019)。
2010年、権威ある雑誌「グランタ」により、35歳以下のスペイン語作家ベスト22のひとりに選ばれる。2014年、雑誌エル・クルトゥラルで『La trabajadora(女性労働者)』がその年の小説ベスト10に選ばれる。2019年、バベリア(エル・パイス紙別冊版)で『La isla de los conejos(うさぎの島)』がその年のベスト・ブック10に選ばれる。2020年、『La isla de los conejos(うさぎの島)』でアンダルシア批評家賞を受賞し2021年には全米図書賞のロング・リストに載る。2015年、インプリント『Caballo de Troya』にて編集者として携わる。彼女の作品は英語、フランス語、スウェーデン語、イタリア語、トルコ語に翻訳されている。

国書刊行会より2022年刊行予定の『うさぎの島』より表題作を特別掲載

うさぎの島

エルビラ・ナバロ
宮﨑真紀 訳

 彼はカヌーを作ったので、グアダルキビル川で乗ってみようと思った。スポーツカヌーには興味はなかった。ずっと乗るつもりもなかった。グアダルキビル川の島々を探検したあとは、倉庫にしまい込むか、売っ払うかすることになるだろう。彼は発明家を名乗っていたが、彼の作るものは発明品と呼べるたぐいのものではなかった。それでも、自分で考えて作ったものはどれも発明品とみなしていた。仕様書やマニュアルをいっさい使わないからだ。すでにあるものを一から作るのに何が必要か、自分で見つけるのが彼のやり方だった。完成するまでには何か月もかかり、これこそが天職だと感じていた。発明されたものを発明するのだ。できあがったときの喜びは、週末になると山へ行き頂上まで登る山歩き愛好家のそれと似ていた。達成感というのは人それぞれで、じつに不思議なものだと彼は思った。似非発明家は、日中は美術学校で教師を務め、その仕事に達成感を覚えたことはないが、彼の指導は学生たちに役立っていた。

 子供の頃から、海に細く突き出した岬か、無人島に行ってみたかった。彼が十八歳のとき、両親にタバルカ島へ誘われたことがあった。あそこはきっと無人だ、というのだ。上陸したら手つかずの自然が楽しめるだろうと期待していたのに、質素な家々が並ぶ通りが七本もあり、城壁を備え、教会に灯台、ホテル二軒、それに小さな港もあった。たぶん両親は、夏休みを自分たちと過ごさせようとして──彼を家にひとりで残すのは忍びなかったから──タバルカ島には何もないなどと誇張したのだろう。とはいえ、そもそも〝無人の場所〟と言われて、それがどういうところなのか、両親には理解できたためしがないのだ。

 グアダルキビル川の都市部流域にある中洲の数をかぞえるのは難しい。中には小さめの半島と勘違いされているものもある。九月のある朝、彼はカヌーを抱えて桟橋まで行き、水に浮かべた。何日かかけてカヌーがきちんと水を進むかどうか確かめ、操縦法を覚えたあと、探検を始めた。もう何週間も雨が降っていなかった。水量が減り、水が澱んで、悪臭が漂っていた。カヌーを岸に近づけることができず、不安と恐怖の入りまじった気持ちで島のまわりをめぐった。すばやくカヌーを操作するには技量が足りないかもしれないし、岸辺は地面が柔らかく、滑ってカヌーだけどこかに流されてしまう恐れもある。そうなったら泳いで戻るのかと思うと、ぞっとした。瘴気を吸い込まないように唇をぎゅっと結び、さまざまな自然が一気に目に飛び込んでくるのを見る。種々雑多な植物、虫の羽音、鳥の糞の層、泥。さぞ美しい眺めだろうと期待していたのに、そこにあるのは、留まっている鳥の重みのせい──あるいは何かの病気かもしれない──でよじれた樹木やら、虫の群れやら、汚物で腐りかけた灌木やらでしかなかった。

 カヌーでうろうろし始めて五日目、川の湾曲部まで行ってみることにした。南に向かってカヌーを漕いでいくあいだ、田園のなだらかな丘がつねに目に入っていた。湾曲部では島々は小ぶりで、起伏が多く、虫刺され跡のように連なっていた。まわりをめぐるのに苦労したが、最後の島にたどり着いたところで、葦のあいだに男の死体が浮かんでいるのを見つけた。パンツ一枚でうつ伏せに伸び、背中の皮膚のあちこちに手のひら大の水膨れができている。九月でも日差しがまだ強いので、日焼けによるものかもしれないし、水を吸いすぎてふやけたのかもしれない。川の水はひどい臭いだった。市民保護局に連絡すると、警官たちが大きなゴムボートに乗って現れたが、それでは葦をかき分けて進むことはできなかった。ゴムボートには小型のカヌーが装備されていて、太った警官がそれに乗り込もうとするあいだ、彼はゴムボートに近づき、もう行っていいかと許可を求めた。死体を引き上げるところは見たくなかった。ひっくり返したら、魚に食われた内臓がむき出しになっていたりするかと思うと、怖かった。

 死体の一件があってから、何日も川には近づかなかった。それからようやく夕方に島の周囲を巡り始め、ある日、川の土手にいちばん近い島に思いきって上陸してみたあと、そこで暮らすことに決めた。大都市で暮らすのに飽き飽きしたんだ、と彼は心の中でつぶやき、誰もやったことがないことをやるのは胸が躍るとも思った。いずれも町の通りを歩いているときにときどき頭に浮かぶ、よしなしごとのうちの二例にすぎなかったが、中心に向かって彼を引きずり込む螺旋運動さながら、頭から離れなくなった。実際、あんなに狭苦しくてむかむかするようなちっぽけな場所に住むなんて、町以上に居心地が悪いだろうし、そう決めた理由を説明しようにもできない。

 川岸に最も近い島ではあったが、藪が密生しすぎていて内側が見えなかった。彼は島中心部の繁みを刈り込み、幹がロープみたいにひょろっとした木々を伐採した。こんなに痩せこけているのに、天辺では緑の葉をよくあんなにこんもりと茂らせることができるものだ。緑色の軍用テントではなく、赤いキャンプ用のテントを張ることにした。隙間ができないように注意したのに、目覚めたとき体じゅうが虫にたかられていて慌てるはめになった。高いところで寝れば、地面に群がっているイモムシたちからは身を守れそうだと思う。やつらが大地を冒瀆するように半狂乱になって蠢いているのは、捕食者の到来に勘づいているせいらしい。鳥たちは難なく虫を捕えた。砂にくちばしを突っ込み、ほじくり出すのだ。いくら汲めども尽きせぬ食い物の泉、というわけだ。だが、鳥たちはこのイモムシばかり食べるわけではない。体が水分だけでできているこいつらでは、たぶん栄養が不充分で、栄養豊富なもっと進化した虫を探さなければならない。ある午後、一匹つまんで調べてみた。手のひらに置くと、もぞもぞとひとりで身をよじった。人差し指で少し押しただけで、ミニサイズの風船のように破裂した。

 島で毎晩眠りはしなかった。そんなことをしたら頭がどうかしていただろう。週に何度かそこで夜明けを迎えれば充分だった。グアダルキビル川にできた小さな染みのようなその島に泊まると、夜中はずっと頭の中で低い唸りが響いていた。フクロウの襲撃でもなければ、夜のあいだ鳥たちは啼いたりしなかった。ただ、木から追い出されたものたちの羽ばたく音が聞こえてきただけだ。鳥はポプラの木にぎっしり密集していた。だから一羽が翼の下に頭を潜り込ませて胸をふくらませたりすると、枝の端にいたものたちは落下した。だが、彼を苦しめた低い唸りの原因は、寝ぼけた鳥が落ち際に必死にはばたく音ではなく、日没時に枝に自分の居場所を見つけようとする鳥たちがギャーギャー大騒ぎするせいだった。その争奪戦はじつに荒々しく、そのちっぽけな場所にいったい何羽ぐらい集まっているのか、おおよその計算さえできないくらいだった。たぶん数千羽はいたと思う。一時間ほど大声で啼き続けるので音が頭の中に残って、たとえ音量を最大にしてヘッドホンで何か聴いても、唸りは消えない。やつらを追い払おうとしてテントの外に出て大声でわめいてみることさえしたが、群れは彼がそこにいることを気にも留めなかった。せいぜい大海に浮かぶひと切れの海藻みたいなものだ。鳥たちは、変な小鳥だとでも思ったかもしれない。彼は顔を歪め、喉がひりつくほど大声でわめき、正直認めたくはなかったが、そうして叫ぶことで、心の奥にあった何かを解放できた。ときには時間の感覚をなくし、すでに鳥たちはおとなしくなっているのに、夜中まで怒鳴り続けることもあった。そんなとき、川岸を散歩する数少ない歩行者たちは、何かの獣の吠え声かと思い、島のほうを見たものだった。

 鳥たちは、眠り、子を育て、死ぬために島に来る。どこもかしこも鳥の巣と糞だらけで、似非発明家が帰宅したときには、シャワーを浴びても糞の匂いが取れなかった。どうやら、その白い鳥は異常繁殖しているように見えた。桟橋で魚釣りをしていた老人が彼にそう言ったことがあった。あの鳥の名前は何ですか、と尋ねたが、老人も知らなかった。インターネットで検索しても見つからない。グアダルキビル川の動物相のガイドブックもざっと見てみたが、島の鳥はそこに描かれたサギ類のどれとも一致しなかった。それ以上はもう調べなかった。結局のところ、鳥の種類がわかったところで、彼の決意が変わるわけではない。週に数日は、こちらをいつも無視し、彼がかっとなって手当たりしだいに石を投げようが平気な顔で眠っている鳥たちに、大声で吠えたてる人間に変身する。鳥どもは、彼が怒りにまかせて木の痩せこけた幹を揺さぶっても、こちらを見ようともしない。樹冠部はゆさゆさと揺れ、ときにはその動きがずいぶんと激しくなる。そうして枝が揺れるのは、聖週間の山車を担ぐ力自慢たちが島を肩に担いでいるせいではないか、そんな気がしてくる。

 何週間か経つうちに、似非発明家は、こうして島を占拠することはけっして違法ではないのだと確信した。空き地で暮らすのに、どうして人の許可を取る必要がある? ほかの島にいまだに誰も足を踏み入れようとしないのは不可解だったが、問題はそこではなかった。納得できないのは、人口三十万以上の都市の住民たちが島に関心を示さないことだ。そんなに大勢の人間がいるのに、目と鼻の先にある場所を訪問してみようと考えたのは、本当に自分だけなのか?

 彼はキャンプ用のテントにお金を置きっぱなしにし、盗まれるかどうか確かめることにした。グアダルキビル川でカヌーに乗るような人たちが泥棒をする理由などないかもしれないが、カモはいないか見張っている悪党だとか、札束を見つけたらくすねずにいられない腹を空かせたホームレスがいるに違いない。毎日確かめたが、五十ユーロは手つかずのままだった。結局誰も金を取らなかった。島に上陸した者はひとりもいないのだ。

 すでに発明されているものを発明していないとき、似非発明家は、芸術とは呼べないようなインスタレーションを考案した。たとえばあるときには、前足を動かし、目を光らせながら吠える十個のおもちゃの犬から毛皮を剥いだ。それから毛皮の上に犬たちをのせて、ウサギの檻に入れた。そして、遠隔操作でスイッチを入れられるようにした。友人たちが家に遊びに来たとき、スイッチのボタンを押した。すると皮を剥がれた十個のおもちゃの犬が、自分の毛皮のせいで後ろに足を滑らせ、目を黄色く光らせながら、ワンワンと吠えかかった。

 友人たちは、動物愛護のキャンペーン活動か何かに売り込んだらどうかと勧めてくれたが、彼は肩をすくめた。これぐらいのアイデア、ほかの誰かがもう考えているんじゃないか? 心の奥では、どこでかは思い出せないが、どこかで見たことがあるから思いついたのだ、と考えていた。だから、自分の考えた作品を人が芸術だと言っても否定するのだ。表立って発表し、おまえの作品はただの猿真似だとはっきり指摘されるのが怖かった。なぜそう批判されることを恐れるのかわからない。しょせんオリジナリティなど信じていないし、どこでさまざまなアイデアを頭に取り込んだのか思い出せないにせよ、その点についてはずいぶん長いこと頭の中で議論してきたのだ。おもちゃの犬を詰め込んだ檻のほかに、彼が作った装置にはこんなものがある。食器棚の中の機械仕掛けのノミのサーカス。パーティのときに招待客の手のひらの上でスモークチーズを溶かすことができる、二台のアイロンでこしらえたサンドイッチメーカー。それに、埃が二十年以上積もり積もった本の山。大事なのはこの埃で、すでにゴミの球ころのようにも見えるとはいえ、中に今は亡き親族たちの死んだ細胞が含まれているからだった。

 鳥を追い払うために島にウサギを放そうと思いついたのは、おもちゃの犬を入れたのがウサギの檻だったせいだ。島で夜眠るのはもうやめようと決めた。叫ぶのは充分だった。キャンプ用のテントはまだ張っておいて、ウサギの様子を見たり、シエスタをしたりするのに使うことにした。秋も深まり、サマータイムも終わった。夕方四時にカヌーを漕いで川で涼むのも、あながち常識はずれなことではなくなった。日照りのせいで水量が少なく、夏みたいに臭うとはいえ。彼は雄を十匹、雌を十匹、合計二十匹のウサギを買った。きっとあっという間に数が増え、たちまち島には食料がなくなるだろう。新たに島にやってきた獣たちは、食べるものがなくなれば、地上にある鳥の巣を襲うにちがいないと似非発明家は考えた。島で子育てができないとなれば、鳥たちはよそへ移るはずだ。

 ウサギは真っ白で、毛足が長く、目が赤かった。灰色や茶色のより高くついたが、鳥たちと同じ色でなければならないと思った。ウサギと共存することが島に住む条件だ、と自分に言い聞かせた。そのうち、ウサギたちがテントに入ってくるのを許すようになった。そこなら日差しを避けられるし、この土地は巣穴を作るのに適していないので、テントで過ごしたがるのだろう。ウサギたちはテントの中で、ネズミみたいに毛のない子ウサギを産み始めた。

 藪が食い尽くされると、鳥の巣の中の卵が消えだした。ウサギたちにとっては格別のごちそうらしく、青みがかった薄い殻を齧る権利をめぐって喧嘩が起きるのを一度ならず目撃した。しかし、雛については争うようなことはしなかった。生まれたばかりの子の肉を食べるのは必要に迫られた、意に反する悲しい行動で、彼らのささやかなおつむもそういう酷い状況に抵抗を示しているかのように見えた。ウサギというものは、人道主義にもとづいて行動すると考えられた。ほかならぬ彼というご主人様の倫理観である。だから彼は驚いたのだろう。当初はあれほどためらっていたウサギたちが、やがて骨さえ残さずたいらげるようになったのだ。どんな人間でも、骨は残したはずなのに。雛の喉に門歯でかぶりつき、ぴくぴくと震える鼻面や細い顎ひげを、目と同じ真紅に染めた。わずかな肉を食べ終わると、長い時間をかけて骨を齧った。そういうとき、枯れ枝が折れるような独特の音をたてた。嘴さえ貪り、すべてたいらげると、毛並みがまた白く輝くまで念入りに毛繕いをした。

 祝宴が始まると、鳥たちはつらそうにガアガア啼きながら周囲を飛びまわった。そして、岩陰からわが子がまた姿を現すとでもいうのか、犯行現場で何時間も待った。それでもウサギを攻撃しようとしないのが、似非発明家には不思議だった。その尖った嘴ならウサギの目をほじくり出すことだって簡単にできそうなのに、そういう集団攻撃というのは彼らの本能にはない行動なのだろう。

 そこで生まれた子ウサギたちは肉や骨以外のものをほとんど食べたことがなく、そういう不自然な状況が忌まわしい結果につながるとは、彼にも想定外だった。それだけ愚かなのか、あるいは大胆不敵なのか、もうしばらくのあいだ鳥たちは依然として島で巣をかけ続けていたが、とうとう巣が消え始めると、子ウサギの姿も見えなくなったことに似非発明家は気づいた。ある朝、その原因を目撃した。仲間たちが食っていたのだ。彼はその惨事にぞっとして、ウサギは人間の延長だという考えも捨てるしかなくなった。実際、鳥たちと同様、これは異常繁殖だと思えたが、それでもそうして彼らを観察しに島を訪れ続けるのは、ウサギをこんなに卑しい生き物に貶めてしまったのはほかならぬ自分だと感じていたからだった。

 ある日、ためしに固形の飼料をやってみた。ウサギたちは、匂いを嗅いだだけでそっぽを向き、すぐにどこか病的にも見える性急さで交尾を始めた。すでに連中は食べるために繁殖することを覚え、それが交尾の回数を増やした。必要に迫られてせっせと妊娠しているのだと似非発明家は思った。雌が出産するたび、みんなが腹を満たした。無言の出産が始まると、ウサギたちは今か今かと待った。その勢いで母親だって食ってやろうか、と考え始めたかのように。ウサギがもはや鳥の巣には興味を示さなくなったので、鳥たちはまた営巣を始めた。

 キャンプ用のテントは岸辺から見えた。似非発明家としては、べつに気にしていなかった。この小島での彼のキャンプは、城壁にかかる橋の下のルーマニア人やホームレスたちの野営地とたいして変わらない。人に迷惑をかけなければ、そこで寝起きしても誰も何も言わなかった。彼の島は、川の向こう側にかすかに見える歴史的建造物群からは遠く離れている。そこは町境に面していて、新しいが醜いマンションのほか、ショッピングセンター、それと隣接する、重要な催しなどおこなわれたことのないスタジアムぐらいしかない。島にいると彼自身の姿も人から見え、散歩道から彼に挨拶し、カヌーに乗せてくれとねだる子供たちもいた。似非発明家は答えるかわりに頭を曖昧に振った。子供たちに注目されてまんざらでもなかったが、心配にもなった。ウサギのことを知られたくなかったからだ。じつは高いところからなら様子を見ることができ、小さな白いボールがぶつかり合っているかのようだった。夜は、月明かりが充分なら、つやつやした毛並みを羽根と見間違えて、鳥たちが地面で眠っていると思う者もいただろう。

 ウサギはテントの外ではけっして子供を食べなかった。自然の掟を冒していると自覚しているかのようだった。彼らが共食いする様子はいかにも卑しく、虫唾が走るとはいえ、おとなしくしているときには、どこか人を陶然とさせるような威厳が漂い、それは時とともに増していき、すべては自然に反した行為と関係しているように思えた。もしかすると、彼らはすでにウサギではなくなってしまったのかもしれない。あるいは、一族にとって過去に例のない次の段階に進もうとしているのか。ときどき似非発明家は、彼らがこれまでの彼らではなくなることが悲しくなり、やがて、かの生き物たちが子供を食いだした顛末を忘れた。それは原因などない純粋な事実であり、新世界を導く出来事なのだ。すべては無言のうちに起きつつあった。なぜなら、新たな一歩を踏み出したばかりの世界には、まだ言葉がなかったからだ。似非発明家は小島にただひたすら通い、カヌーに乗せてとせがむ子供たちには慎重に応じるだけだった。夜になると、祖母から相続した古い大きな屋敷で、子供らの親たちの夢を見、暴徒となって押しかけてくる彼らの声を聞いた。部屋には水があふれ、プールのような青に塗り込められていた。あの生き物たちを置いて立ち去ると決めたらすぐに消える、馬鹿げた妄想に取り憑かれているだけだ、と自分に言い聞かせる。ただ、ウサギたちのそばにいるとふいに頭がぼんやりして、いつしか四つん這いになっていることがあり、自分も彼らの一匹だと感じ始めているのかもしれなかった。たぶん、急に白いものが増えた髪は、やがては、今や聖なる存在である彼らのように美しい純白となり、眼医者によれば慢性の結膜炎のせいだというほんの少し充血した目も、完全に赤くなったときに完治するだろう。

 そしてある日、似非発明家はキャンプ用のテントをたたみ、島に行くのをやめた。川岸のマンションの住民たちは、ウサギをせっせと育てていたあの頭のおかしなやつはどうしたんだろうと思った。ウサギたちは彼が姿を消してから数週間もすると死に絶え、その死体は白いきれいな毛布となって島を包んだ。