ヨーロッパへの窓

★★★★★★

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フィンランド フィンランド

『種特異的行動』より

Lajityypillistä käyttäytymistä (excerpt)

サミ・ヒルヴォ

Sami Hilvo

サミ・ヒルヴォ(Sami Hilvo, 1967年生まれ)はフィンランド人作家、日本語・フィンランド通訳および翻訳者。ヒルヴォの文学の核心には探求と新しい視点がある。
2010年に出版された処女小説『Viinakortti (酒購入許可証)』はヘルシンギン・サノマット文学賞 (フィンランドで最も権威のある処女小説賞) の最終候補となった。2012年にドイツ語に翻訳され、2013年には小説に基づいた演劇がフィンランドで初上演された。
2012年に出版された第2作目の『Rouva S. (マダム S.) 』は、21世紀の東京と平安京が舞台となり、トゥレンカンタヤ文学賞にノミネートされた。
2016年、3作目の小説『Pyhä peto (聖獣) 』がタンペレ市文学賞を受賞。
2020年、4作目の『Lajityypillistä käyttäytymistä(種特異的行動)』が出版された。

東京、ポーランド・ワルシャワに在住経験があり、現在はヘルシンキを拠点に第5作目の作品に取り組んでいる。

『種特異的行動』より
血が床の上、壁面、時計の文字盤やその針に飛び散っている。時計の文字盤を保護するガラスもなくなっていた。針は四時を指している。夕方か早朝ということになる。天井はきれいに見えたが、黒い点々がいびつな群島のように吹きかけられており、
少し触れただけでいくつかの真紅の大陸へと姿を変えるだろう。血が近所の犬たちを窓の下の通へと引き寄せる。内側から来る叫び声に耳を傾け、クーンと言いながら、よだれを垂らし、コンクリートの壁を引っ掻くものの、何の役にも立てずにいた。
ことの中心には二人いた、まるで台風の目の中にいるようだ。そのうちの一人は密かに祈っていた。幼初期以来の祈りとなったが、今となっては現世の力も天の力も、あらゆる力を頼りに来る戦いに備えなくてはならない。
もう一人は祈っていなかった。彼女が叫んでいたのだ。その音はどこか奥深く、何か原始的なところから発されていた。それは文明とは何の関係もないものだ。血は彼女の血だった。押さえるように言われたとき、彼女は押さえるのをやめて叫んだ。彼女は呼吸するように言われたとき、叫び続けるために息を吸わなければならなくなるまで呼吸を止めた。もし彼女が生きるように言われたら、彼女は故意に自分の人生をあきらめたのだろうが、
その前に肺がつぶれるまで叫んだだろう。幸い、彼女はついに意識を失い、沈黙した。
窓付きの両開きドアを出た先の廊下には、1年生の半数が立っていた。残りの半数は、パリッとした秋の空気のもとへと引っ張り出されていた。病院の裏庭で回復を待つ人々は、星の数と明るさについて思考を巡らせていた。早朝だった。彼らは医者の卵には似つかわしくない弱さと感情を露呈していたが、空に広がる静かな無限は彼らの若く傷ついたエゴを慰める何かをはらんでいた。新しい一日は、いくつかの奇っ怪な質問をそれぞれに投げかけ、答えることを求めるだろう。東の地平線から夜明けが来る前に、あと一瞬だけ一息つく時間が与えられる。
廊下に残った学生たちは青ざめ、静かだった。疑問が彼らの心に浮かんでいた。医者になるという決意、両親の支援、隣人からの賞賛、そして厳しくも満ち足りた学生生活がなぜ、「このような」ことになったのか? 傲慢なまでの全能感からの急転直下は容赦がなかった。廊下でふらついている人たちは星のことを知る由もないが、外に引きずり出された人は負け犬であり、中に残った人が勝者なのだと確信していた。今はあきらめる時ではない、涙を飲んで嘔吐する時だと。後に、このグループは「7本の明るい蝋燭」と呼ばれるようになる。 彼らは国の未来と希望だった。彼らはまっすぐで、白くて、互いに似ていた。どんなことでも吸収した。

司祭は、最も切迫したその時に睡眠から目覚めた。彼らはいつもそうだ。いつもギリギリ。司祭は起き上がった。今度は、ひじの内側にある湿った膿瘍が破れ、包帯から漏れ出していた。司祭はこの膿瘍を聖痕(スティグマ)と呼んでいた。司祭は包帯を替え、パジャマの上にカソックを羽織ると、母親に罪の赦しを、そして赤ちゃんに緊急の洗礼を授けに行く。母親がルター派であることや父親が破門(ラテセテンシア)されていることなど関係ない。
分娩室に到着すると、司祭は父親に名前を要求した。胎児の性別はまだ不明だったので、女の子または男の子の名前が必要だ。しかし、父親は意味のわからない粗雑な言葉で司祭と教会を大声で罵った。異端の集会でプロテスタント共が使う言葉に違いない。吐き気が司祭を襲った。司祭は父親を無視し、母親の方を向いて、規則通り秘跡の言葉を述べる。それらの言葉の後、赤子は意識のない母親から飛び出した。最初の奇跡である。
「私は、父と子と聖霊の御名によってあなたに洗礼を授けます」と司祭は続けたのだが、彼の声は「息子」という言葉でしゃがれ、「聖霊」においては喘鳴にしか聞こえなかった。
他の動物とは異なり、人間は暗闇から光へと生まれるのではなく、光から闇へと生まれる。しかし、この赤子は微笑み、嬉しそうにキャッキャと笑い、自分たちが何をしているのかを理解しているかのように辺りを見回した。司祭は赤子の微笑みに悪魔的なものを感じ、その笑い声は魔法の呪文のよう、そしてその眼差しは計算高く見えた。司祭の目には、恐ろしくて魅惑的なものが映った、悪魔的な何かだ。力なく唱えられたものの、司祭の連祷によって赤子の世界は善と悪の2つに分かたれた。最後にアーメンというのを忘れてしまったが、これは確かなことは司祭にも何一つわからなかったためだ。
司祭の震える手は、茶色い医薬用ボトルに入った蒸留水をそこら中にこぼしても止まらず、助産婦がようやく止めてくれた。助産婦は何が起きているのか理解した。全員が知っていた。しかし、司祭と病院長は幼少期よりの知り合いであり、誰も邪魔などできようはずもなかった。
永久にカトリック教会の一員となるべく引き取られた人の子は、今なおへその緒につながれていた。緒の反対側は母親の胎盤につながっている。へその緒がぴんと張り、赤子を中へと引き戻そうとする。数時間にも及んだ悪夢を、巻き戻すようにもう一度やり直すというのか?出産は何度も繰り返されるというのだろうか、出ては入り、入っては出る。そのうち母親と「それ」が無くなるまで? それとも母親の胎内へと戻り、居座り続けるのだろうか?
司祭はとてつもない苦悩から祈るのを忘れていた。
また奇跡が起きた。
赤子がへその緒をつかみ、その一部を口元に運ぶと、ぷっくらとした手で引っ張り噛みちぎった。助産婦はかつてこのような歯が生えた新生児を見たことはなかったが、何も言うまいと努めた。特に精神状態が不安定になり、何をするか分からない司祭の前では口を噤んだ。
力を失い、残ったへその緒と胎盤は母親から排出された。当人はその時も神の祝福による無意識状態にあった。
人の子が生まれた。人の子は父親の視線と目が合うと大声で笑った。
新米の父親は安堵して笑い返した。赤子の指を数え始める、「イェデン、ドゥヴァ、トゥシェ、チュテレ、ピエンチ、シェシチ、シェデム、オシェム、ヂェヴィエンチ、ヂェシェンチ」。次は足だ、「一、二、三、四、五、六、七、八、九、十」。 「Dziesięć palców i dziesięć palców u stóp」。手の指が十本に足の指が十本、大きな頭と、弱々しい四肢、そして太った蛆のような体だ。新米の父親は赤ん坊のことを見聞きして知っていたが、これは他のと違って泣かなかった。これは楽な子になるだろう。必要なときに睡眠をとり、与えられた食事を食べ、正しいペースで成長し、ともに人生の旅路を驚きに満ちた顔で歩んでくれるだろう。この時点で父親は子供に嫉妬していた。幼児期も思春期も公園の散歩のように過ぎていくだろう。この子なら自分の欲しい物がわかる。求めるものを探したり、失敗したりする無駄な時間など過ごさないだろう。父親のように海の船長になるかもしれない。
父親にとって子供の性別など些末な問題だった。父親が通常事前に考えるようなことは一切考えなかった。子供との人形遊びやサッカー、馬乗り、または積み木で何かを作るなど子供が望むことなどは考えもしなかった。父親が唯一気にしていたのは自分の仕事のことだった。
常に海の果てや地球の反対側に行くような仕事だ。人形遊びも、サッカーも、馬乗りも、積み木遊びも、全部父親が陸に上がった時に毎回することだろう。自分が進歩的であることなど、考えもしなかった。
「To chłopiec!」「Se on poika!」「男の子だ!」父親は大声で3ヶ国語で叫んだ。これらの言葉は学習によって獲得された反応だと知っていた。映画だったかもしれない。すると、大きな笑みがこぼれた。「父親」は「息子」のことを実に誇らしく思っていた。
父親は出産に立ち会えるように何度も要求し、懇願し、恐喝し、祈り、脅迫し、そして丁寧にお願いした。しかし、妻は譲らなかった、「出産時は、彼がショックを受け、夫婦の結束を深める代わりに引き裂いてしまうかもしれない」。 雑誌の引用だったのは明白なのだが、結局は分娩室で事態が思わしくなくなったため呼ばれることとなった。
妻は雑誌をよく引用した。そして夫に選択的に一部を伝達すると、都合よく詳細が抜け落ちていたものだ。根本的に重要な用語が、偶然という体で、忘れられるか入れ替えられ、反対の意味になっている。世界のすべての色は文字通り白黒になり、すべての色相は異なる灰色で表された。
夫は、妻が思いつきで話しているときと、一から十まで理解して話しているときとを見分けられるようになった。彼女が引用した記事の見出しは、おそらく「男性が種をまき、女性が刈り取る」という主旨の話だったはずだ。 未だに読むことも触れることも許されていない、妻のスクラップブックのどこかに入っているだろう。妻はトーロに引っ越してすぐに新聞や雑誌の購読を始めた。彼らの共同住宅は、フラットではなく、「アパーテメント」と呼ばなくてはならなかった。彼は、雑誌、トーロ、そして「アパーテメント」が全て漠然とつながっているような気がしていたのだが、そのことは気にしないことにした。
彼女は多くの分野を追いかけていた。トピックごとに別々のスクラップブックを持っており、記事が多くなるとその数も増えた。「シルヴィ・サロメ・ケッコネン–作家、妻、そして母親」、「ヨーロッパの王族」、「爆発事故」、「最高の肉料理」、「歴代のミスフィンランド」、
「脳葉切除と陰茎切除術」などなど。後に、スクラップブックは定番トピックとも言える「テッレルロ・コイヴィスト婦人の服装」、「バルミューダ魔の三角水域」、そして「史上最も人気だったテレビシリーズ」なども網羅するようになった。 家で火事があったら、妻が真っ先に救い出すのがスクラップブックだろうという確信さえあった。

母親は病棟へ連れて行かれ、起き上がると、布にくるまれた赤子を渡された。母親は息子の誕生を祝福された。このことを聞くと、彼女は顔をそむけ、腕をきつく組み、病院長を呼べと訴えた。病院長は司祭を連れてきた、母親と子のためではなく、自分のためだ。これは
明らかに精神世界の問題であり、現代に生きる病院長では話にならない。
「男の子です…健康な男の子ですよ!」と病院長は終わりのない笑みとともに祝福した。
「私が生んだのは女の子よ」、そしてリトヴァは続ける。「あなたが赤ちゃんをすり替えたのね。 娘はどこにいるの?」
「偉大なる叡智のもとに、神はあなたに…息子をもたらしたのです!」と司祭は言うと作業を始めた。司祭の精神状態は大分まともになっていた。
「彼を女の子にしなさい」。
「女の子ですか?」と学院長と司祭は同時に聞き返すが、言葉自体は聞こえている。「誰でも息子がほしいものです」。
「お願いだから」。
「しかし…」
「私たちは同じ神を信仰しているものでしょう?」
「どうやって…」
「ナイフもハサミも、のこぎりに針や糸もあるでしょうが!」
「残念ながら、当院では…」 病院長はそこで口を噤んだ。彼は思慮深い男だった。
「私はもう十分苦しんだでしょう」。
「神が創造したものを人が…」、そこで司祭も口を噤んだ。嘘を述べることになってしまうからだ。
「ではこの子は要りません」。
そこで父親が割って入った。
「提案なのですが…」 ブルーノが話し始めた。
「Onpa sinulla omistajan elkeet!」 リトヴァはフィンランド語でシッと制止した。
どうやらホルモンの調子が悪いようだとブルーノは思った。
「ああ神よ、父よ、息子よ!」「全部取ってください」、とリトヴァは英語に切り替え、抑えられない涙を青白い頬に伝わせながら訴えた。
そうだ、ホルモンに違いない。
「例えば、子供の性別を出生証明書では…」 ブルーノは次に氷の上を渡るように慎重に話しだした。
「クソみたいな考えね!」とリトヴァは目を細長い切れ目のようにして笑った。涙が流れる様子はなかった。リトヴァは笑っていた。彼女は自分を騙そうとする行為に苛立っていた。ブルーノは自分のことを愚かだと思っているのだろうか。
「一時的な処置というのはどうだろう?」 ブルーノは続ける、より慎重に、よりなだめるように。
「いやよ。 できないわ!」
今やリトヴァは大声で笑っていた。しかし、そこには喜びも、不幸を喜ぶ気持ちも、安堵も、緊張も、あざけりもなかった。ただ怒りだけがあった。
交際間もない頃は、このことに困惑していた。リトヴァは突然なんの理由もなしに大声で笑い出すことがあった。ブルーノが誤ってなみなみと注がれたワイングラスを倒してしまい、リトヴァのサマースカートの前側にこぼしたときも、リトヴァはその場で凍りつき笑い出したのである。ワインは安い、深い赤色で、とても甘いものだった。それから、カタヤノッカで売春婦に自分のものだとカツラを奪い取られたときにブルーノが何もしなかったときも、リトヴァは笑った。それから、見知った顔だが、酔っぱらいの男がリトヴァの耳を殴りつけたときにブルーノが何もしなかったときも、リトヴァは笑った。ブルーノはリトヴァが笑わないように、何かを言ったり言わなかったり、やったりやらなかったりした。ブルーノはよく失敗して、大きな笑いを引き起こした。
「最初の手立てとしてはいいんじゃないか?」
友好的な態度とは裏腹にブルーノは簡単には引き下がらなかった。
病院長と司祭は赤子の父親を見た。病院長と司祭は赤子の母親を見た、今や激しく笑いすぎてベッドから落ちそうな勢いである。赤子を母親に渡そうとした看護師は赤子を安全なゆりかごに戻すと、母親のベッドの横を引き上げていた。四肢の拘束具を使うよう進言していたが、病院長は反対した。彼は近代的な方法で病院を運営したいと考えていた。病院長と司祭、身体の人と精神の人とが、互いを見て何か合意したようにうなずいた。司祭はカソックの縁をはためかせながら、部屋を出て庭へと走り出した。とても美しい日だった。司祭の教会はポプラの木の木陰に建つ快適な場所だった。冬は暖かく、夏は涼しい。司祭は神に大いに感謝していた。また、祝福された聖痕から流れ出る内容物が、ひじの内側から手首へと流れているのを感じていた。左利きになれるよう努力するべきだろうか?