ヨーロッパへの窓

★★★★★★

Windows to Europe

ドイツ ドイツ

眺めの素晴らしい部屋

Zur schönen Aussicht

ヨヴァナ・ライジンガー

Jovana Reisinger

ヨヴァナ・ライジンガー
1989年ミュンヘン生まれ。作家・映画制作者。2017年に小説『じっとして(Still halten)』でデビュー(Verbrecher Verlag刊行)。無名の女性が、母親の差し迫った死や、実家の相続問題、新しい怒りに直面する姿を内面世界から描いた。2021年には、女性嫌悪の世界で生き残ろうとする9人の女性を中心としたエピソードを集めた小説『女性フロントランナーたち(Spitzenreiterinnen)』をVerbrecher Verlagから刊行し、バイエルン書籍賞にノミネートされた。

眺めの素晴らしい部屋


細井直子 訳

 それは胸が躍るような、最高にエキサイティングな眺めだった。だれもが夢見るような眺め。ホテルや不動産会社のパンフレットやカタログを飾り、テレビコマーシャルに登場するような眺望。この高みで眠り、この高みに暮らすのは成功した人たち。この高みにいるのは、幸福な人たち。眺めに飽きる心配などしなくていい。彼らは支配階級の一員なのだから。皮肉家や懐疑家、怖がりや自信のない人はいう。こんなに高けりゃ、あとは落ちるしかないね。虚空へむかってまっさかさまだ。落ちる先はコンクリートの地面か、こぎれいな庭園か、はたまたプールか、八百屋の屋台か。でも、そんなことをいうのはただの妬み。この眺望にめまいを起こしたにすぎない。

 その女、この高層マンションのA1棟49階、広さ300㎡のペントハウスの窓辺に毎日たたずむ女は、出世にも没落にも関心がなかった。まるで過去も未来もどうでもよく、ひたすらいま、現在だけ、この高みにいるわが身だけがすべてというように、いつも外を見ていた。いつもきちんと服を着て、あるいは少なくともシルクのローブを羽織って、かれこれ一年以上も、そうして立っていた。女は周囲の人々が知るかぎり、美しい女だった。美人で物分かりがよく、彼女のスタイルはヨーロッパ的な優雅さとアメリカ的な喧しさの中間、金持ちと大金持ちの中間、勇敢と退屈の中間、孤独と自立の中間というところだったが、その境い目はかき消されていった。女の輪郭とメイクはだんだんシャープさ、明確さを失い、曖昧にぼやけていった。

 女は見えなくなった。四方をかこむパノラマウィンドウと、そのむこうの世界との間に消えたのだ。時間と時間の間、日々の間、孤独と新たに勝ち取った自由との間。課された仕事が一切ないがゆえに、何でもできるし何もしなくてもいい状況と、無為との間に。彼女はどこにいるのだろう? その答えを彼女はたぶん知っているが、私たちは知らない。

 高い塀にかこまれた全6棟からなるこの高層マンションの中心には、植物の生い茂る庭園があり、その小道は住人たちをそぞろ歩きに誘った。バラやその他いろいろな花たちが、一年を通じてかわるがわる甘い香りを放った。一年のうち二か月間だけ水がはられる50mプールや、客が店内でかろうじて体の向きを変えられるくらい小さな売店もあった。加えて三人のやせこけた女たちが週四日、仮設のように見える八百屋のスタンドで、見た目も味もよい新鮮な果物や野菜を売っていた。敷地内は24時間監視され、制服姿の多数の警備員が敷地内への出入口、建物の出入口、庭園内の基点数カ所を巡回し、カメラも多数設置されていた。ヘッドセットを付けた監視員や、隠しカメラもあちこちに配置されていた。それなのに女はいったいどうやって、こうも簡単に姿を消すことができたのか。それはあり得ないことだった。気づかれずに侵入することも、こっそり脱け出すことも不可能なはずだ。にもかかわらず、解明しえない謎を関係者らにつきつけることに、女はみごと成功したのだった。

 女はまさに忽然と姿を消した。彼女が最後に目撃され、その声が聞かれ、存在が確認されたのはいつか。女の姿も声も、すべてちゃんとその最後が録画やデータに残されていた。女は隣近所の住人と礼儀ただしく距離をおいておしゃべりするのをやめて以来、毎朝プールで泳ぐのをやめた。毎日プールに軌跡を描くのをやめて以来、隣接するショッピングモールで朝食をとるのをやめた。モール内の空調のきいたヨーロッパ風カフェで食事をするのをやめて以来、八百屋のスタンドで新鮮な果物を大量に買いこみ、今日もまたなんてお安いの、とおどろくのをやめた。新鮮な食材を買うのをやめて以来、夕方敷地外へ散歩に出るのもやめた。夕方の軽い外出をやめて以来、ときおりバーに立ち寄ることもやめた。週に一度映画へ行くことも、月に一度オペラへ行くことも、博物館へ行くことも、もうなかった。女はすべてをやめた。では彼女はいま、何をしているのだろう。

 女はそもそも以前から大したことはしていなかった。いわゆる新興成金の海外生活というのを、ただ漫然と送っていた。じっさいはもうそれほど新興でもなかったが、本物の大金持ちなのはたしかだった。何の義務もなく、働く権利もない。なんていい響きだろう、働かなくていいというのは。超豪邸に、超高収入の夫、いっさいの義務から解放されている。なんて素敵な響きだろう。自分のための時間も、自分のための金もたっぷりある。女はもう久しく生活の心配をしたことがなかった。彼女は知っていた。自分イコール仕事じゃない。仕事に意味やアイデンティティを求める必要なんかない。仕事によって自分が定義されるわけじゃない。そうでしょ? でも人間から仕事をとったら、だれになるんだろう? 仕事をしない人間は、社会からどう見られるんだろう? 彼女は物分かりのいい女だったし、そうした問いへの答えもちゃんとわかっていた。けれどもその答えをだれかに伝える気はなかった。女はもうだれにも自分の気持ちを伝えなかった。女は沈黙し、溶けていった。

 男は窓辺に立ち、息をのむような眺望を楽しみながら、まるで狐につままれたような気分だった。みごとなスーツに身を包み、湯気をたてるコーヒーカップを片手に外に目をやる。じつに素晴らしい眺めだ。部屋から部屋へ、できるだけ窓に沿って歩を進める。すべてを見渡すパノラマウィンドウ、天井から床まである磨きたての窓は、美しいカーテンを閉めることもできる。東西南北、全方角の現実が情け容赦なくそこに映し出されるからだ。ほかの高層ビルや無数の小さな建物、一日に何百万台もの車、北京の暑い路上を行き交う人々、橋の上の制服姿の警官たち、あちこちの窓の制服姿でない人々、そこかしこで輪を描く鳥、また鳥、そして日没が見える。こんな日没を見たことのあるやつがいるだろうか。いいや。男の知る範囲で、彼と別の道を歩んだ者の中では、ただの一人もいない。それに山だ、北京は山に囲まれている、その山ですらときおり顔を覗かせた。ほぅ、と彼は思ったが、べつに感動したわけでも、自分の成功に有頂天になったわけでもなく、また自分の人生がこうなったことにいまさら驚いたわけでもない。この「ほぅ」は違う性質のものだった。単に彼がもう長いこと、家に帰っていなかったというだけのことだ。自分の人生やライフスタイル、自分の給料、そして妻の失踪にもすでに慣れっこになっていたのかもしれない。少なくとも今日はコーヒーが美味しかった。彼はまだ一度も、妻の古い携帯番号に電話をかけてみていない。その番号は6週間前からつながらなくなっていた。唯一見つかっていないのは、妻の携帯くらいだった。携帯と、結婚指輪だけだった。

 周囲の人々はひどくうろたえた。それはいまもつづいている。男もうろたえてはいたが、妻を知っていたし、妻を愛していた。きっとどこか遠くのスパ・ホテルか、外国のリゾート施設あたりにひっそり身を隠しているんだろう、一息ついて、自分を見つめなおし、金と時間をたっぷり浪費して、彼のことを罰し、お仕置きをして、自分の力を確かめているんだろう。他の妻たちはにわかに身の安全に不安をおぼえ、夫の会社の配偶者サービス係は大変な騒ぎになった。妻が一人消えたのだ、駐在妻たちのうちの一人が!配偶者サービス係のむこう側も大騒ぎだった。あっちで一人消えたそうだ、せいぜい楽しませて、お世話しなきゃいけない駐在妻が一人。妻たちが鬱になったり、落ち込んだり、孤独を感じたりすることがないように、その夫が会社を辞めて、もと来た国に帰ってしまわないように、雇用関係が終わって、灼熱の大地が見捨てられたりしないように。クソッ、なんてこった。何人かがクビになった。女の失踪とは何の関係もなかったが、とにかく何らかの措置が必要で、こうしたケースにはそういう対応がつきものだった。

 男は会社を辞めることなどまるで念頭になかった。ペントハウスの中を歩き終えると、妻あてにラブレターを書き、ダイニングルームのテーブルに置いた。つぎに寝室へ持って行って、ベッドの上に置いた。いや、これはやりすぎかもしれない、と思い、今度は妻の机の上に置いてみた。はは、妻に机なんて、何のために必要だっていうんだ。それから化粧台の上に置き、キッチンカウンターに置いた。いや、これも違う、彼の妻にキッチンはふさわしくない、妻にふさわしいのは外の世界だ。それで玄関の扉のわきにある、美しい中国小箪笥の上に手紙を置いた。そこには家の鍵が入った金色の深鉢と、その隣に二人の写真が飾ってあった。鍵といえば、妻の鍵はいつもの場所にあった。スペアキーも引き出しに入ったままだ。ハンドバッグは、そう、あのハンドバッグはどこへ行った? あれのためにひと財産はたいたっけ。バッグはクローゼットに掛かっていた。男はしんと静まりかえった家を一瞥すると、エレベータに乗り、ドアが閉まるのを見つめた。そして自分にとっていちばんの場所、つまり職場へと向かった。ショー・マスト・ゴー・オン。されどショーはつづく。男は妻の突然の失踪もまた、一種のショーだと解釈していた。

 妻の銀行口座に動きはなかった、この家に何も動くものがないのと同じだ。いや、同じとはなんだ、男は毎日せっせと仕事をしていたし、恥知らずなほど安いのに綺麗好きの清掃係が、日頃から何の痕跡も残らないようぴかぴかに部屋を掃除していた。痕跡といえば、まさにその点だ、とにかくまったく、何の痕跡もなかった。何一つ、カメラも、セキュリティも、このマンションの住人や隣の部屋の住人も、妻の友人も、だれ一人として何かを見たり聞いたり、妻と話したりメールした者はいなかった。現場検証がすみやかに徹底的におこなわれ、妻の最後の足取りが詳細に明らかにされた。妻は6週間前の日曜日14時13分に家を出た。エレベータに乗り、これについては防犯ビデオの録画があった、建物を出、マンションの敷地も出て、ショッピングモールを通り、それらはどれもしっかり記録されていた、あちらからこちらへ、落ち着きをなくしたようにぶらぶらと歩きまわり、タピオカティーを買い、わずか7分後には空になったカップをゴミ箱に捨てた。喉が渇いていたにちがいない、喉がカラカラだったか、それともよほど美味しかったか。あてのない散歩に出る前、彼女は夫と電話で話していた。14時01分、夫はすまないがまだ帰れない、と伝えた。夕方には帰れるかもしれない、いいレストランに連れて行くから、またはどこでもきみの好きな店でいいよ。そう、どこでもきみの好きな店に行こう、と夫は約束したのだが、妻はいま思いつかないといった。いますぐに決める必要はないさ。そして電話は切れた。失望と怒りとあきらめと無力感と礼儀正しさと信頼のどこか中間で。

 おそらく散歩に飽きたのだろう、彼女は14時44分にはもう回れ右をして、15時00分に守衛の前を通過し、15時02分にA1棟のエレベータに乗り、15時05分には49階の自宅へ戻った。ビデオ画像では彼女の外見に何も変わった様子は見受けられなかった。何かおかしなところとか、怪我をした様子もなく、新しい物を身に着けてもいない、びっこを引いてもいない、髪や服が乱れていたり、悲しそうな顔をしていたとか、泣いていたわけでもない、すべて普通に見えた。彼女は玄関のドアを閉めた。そしてこの瞬間以降、何かが女の身に起こったのだ。彼女はいったいどこへ行ったのだろう?

 男にとっての6週間前の日曜日も、同じくらい単調で普通に過ぎた。オフィスに座って仕事をし、電話をしたりキーボードをたたいたりし、昼休みには、金をゴージャスに使いダイヤモンドをいくつかあしらったアクセサリーを適当に買い求めた。そうするものだと知っていたからだ。悲しんだり怒ったり失望したりしている孤独な妻に高価な贈り物をして、そのうちにいい時代が来ると約束するのだ。これは彼のチャンスだった。いまがチャンスなのだった。彼が夢見た生活、二人が夢見た生活。それが現実になった。あともうほんのちょっとの辛抱だ、そうしたら苦労は報われる。年金はすでに途方もない額になっていた。とにかく彼は昼頃妻に電話し、その時もうネックレスはポケットの中にあった、今晩ディナーに行こうと約束したものの、21時30分頃にもう一度かけ直し、ディナーもやっぱり無理だと伝えようとしたが、妻はもう出なかった。男は妻の怒りをひしひしと感じ、妻をなぐさめ、気持ちをひきたてるようなメッセージを後から何度か送信したが、どれも返事は来なかった。妻のそうした行動には覚えがあった。昔はそれで不安になることもあったが、彼をつねに不安にさせる妻のやり方を愛してもいた。妻はどきどきするほど美しいだけでなく、とんでもなくわがままだったからだ。男は深夜、真夜中をだいぶ過ぎて帰宅すると、念のためまっすぐ来客用の部屋へ行き、何も知らず安らかにぐっすり眠った。というのもこの時点ですでに、妻は男が考えたように寝室で眠っていたのではなく、跡形もなく消えていたからだ。そして男は妻を尊重し、きっと妻はうとうとしているか、へそを曲げているか、素気ないか、それとも腹を立てているかのいずれかだろうと思いこみ、翌日の朝もなお自分の帰宅や出社で邪魔をしないように、妻をそのまま寝室でテレビを見ているか本を読んでいるか、とにかくそっとしておいた。そんなわけで、仕事に追われる男は月曜の夜になってようやく妻が家にいないことに気づき、警察に通報したのだった。事件の経過が確認され、行方不明の外国人の女の捜索が開始され、社内がパニックになり、会社を辞める者や非難する者が続出し、友人たちがパニックになり、男自身も不安に駆られた。

 そして今は? 男はこんなふうに考えていた、妻はいま頃どこかでのんびり元気に過ごしているだろう、そのうちに戻ってくるさ、そうしたらすべてまた元通りになる。少なくとも今度のことで教訓は学んだ。彼は妻が恋しくて、よく眠れなかったからだ。質の悪い眠りはモティベーション・キラーだ、仕事と人生の失敗につながる。だから男は毎朝妻に宛ててラブレターを書き、毎日違う場所に置くのだった。もし妻が帰ってきたら、一通ではなくたくさんのラブレターを見つけることだろう。今は42通。男は手紙を書くことにしがみつき、そんなことがあるはずはない、という考えにしがみついた。彼の妻が、妻のような女が、北京市内でもっとも富裕なエリアにある、万全の監視システムの高層マンションの只中で、2019年のしかも白昼に、まるで霧のように消え失せるなんて。ペントハウスの窓は開かなかったし、人がくぐり抜けられるような換気シャフトも、床のハッチもない、どこかに穴が開けられたり、壊されたりもしていない。妻がここから気づかれずに脱出することは不可能だった。6週間ずっと、妻が自宅の中で夫から身を隠しつづけているなんてことがあり得るだろうか。

 さて、このあたりで次のような事実を指摘しておこう。つまり、ここでは何の物音も聞こえず、何の姿も見えないということだ。街の喧噪も、近隣住民の声も、自然の音、クラクション、人の叫び声も、鳥のさえずりも、何一つ。外の音がまったく中に聞こえてこないのと同じで、中の音もいっさい外に聞こえなかった。この状況で文字通りいかなる出費も惜しまなかった男は、住居内に高価な監視システムを導入し、徹底的に室内を監視した。動くものを確実に検知して撮影を開始し、その映像を同時に、つまりリアルタイムで、指定したメディアに送信してくれる複数のカメラが、常時介入ならぬ常時監視を可能にした。どのカメラをどの方向に向けて起動するか、いつ、どこからでも、彼の手元で操作できたからだ。ところが、どの時間帯に監視システムにアクセスして、美しいが生気のない室内を覗いてみても、妻の姿はなかった。42日間、彼自身は別として、部屋にはまったく人影がなかった。

 男はいまペントハウスを後にしたかと思うと、もう黒塗りの車に乗りこんで、職場へと運ばれて行った。彼の一日のルーティンはこのドライブとともに始まり、ドライブとともに終わり、曖昧なスケジュールやら会社の目標やら、妻の失踪からつねに気をそらすものによって規定されていた。妻は何とかやれているのだろうか、財布も着替えも、パスポートもなしで? 彼女が最後に現金を引き出したのは失踪の2週間前だったが、あまりに少額すぎて、だれかを買収したり、口止めしたりできるような額ではなかった。だが会社に着くと、もうそんなことを考えている暇はなかった。さあ、仕事だ、仕事。いつまでも妻に引きとめられているわけにはいかない。

 6週間前の日曜日に戻ろう。女は15時05分に帰宅すると、まず服を脱ぎ、靴を棚に戻し、キッチンへ行ってフレッシュジュースを飲んだ。リビングのソファに座る。彼女の前には開いた本が何冊か置かれている。面白いけれども夢中になるほどではない、そのうちの一冊を手にとって読み始める。何度も時計に目をやり、だんだんいらいらした様子になる。時間のたつのが異様に遅い。シャワーを浴び、完璧なクローゼットの鏡に映った自分の裸身を眺め、服を着る。美しく上品に。だってもうすぐディナーの時間だもの。時間はどんどん延びていき、女の忍耐を食い荒らした。思いやりの最後のかけらを使い果たした女は、突如怒りを爆発させた。女は怒り狂い、途方もない怒りに身を引き裂かれそうになった。いいや。女はしかし、怒りを自分の中に押しとどめた。肌にクリームを塗り、化粧をする。自分の美しい髪を眺め、魅力的に微笑む練習をする。今日はどの店に行きたい? お詫びにどこへ連れて行ってもらう? どのバッグ、どの靴、どのドレスにする? 彼女は考えながら、ペントハウス内をぐるぐると歩きまわり、闇につつまれていく世界を眺めた。いや、そうではない、外が闇につつまれるまではまだ間があった。闇につつまれようとしているのは、彼女の内面だった。彼女はしだいに暗くなっていった。女が放っていた美しい光や輝きや優しさは、暗闇の中に、不気味な影に飲み込まれた。時計に目をやる。もういいかげん時間だ。夫はいったい何をしているのだろう。もう何日も、いいえ、何をいっているの、もう何週間も、一日はおろか、一晩だって一緒に過ごしていやしない。嫉妬? 怒り、憤怒、激怒。あたりは真っ暗になった。雷の予報なんて出ていたかしら? 女は外を見た。まだ昼の明るさだ。寒い、息が苦しい。時計を見、携帯の画面をオンにする、もちろん、何のメッセージもない。いいえ、電話なんかしない、哀願も、おねだりもしない。影のような生活なんて、もううんざり。わたしはここに生き、たたずみ、すっかり支度をととのえて、待っているのに。女は飲み込まれた。広さ300㎡の家の真ん中に、女は怒りに燃えて立ち尽くしていた。そしてその身体を、巨大な怒りが文字通りばらばらに引き裂いた。

 そう、ばらばらに。

 ナイフのように鋭く尖った、危険きわまりない無数の破片に。爆発するかもしれないし、有毒かもしれない。破片はペントハウス中に飛び散った、いまにも傷つけ、殺し、破壊しようとして。しかし、攻撃することはなかった。そう、破片はきらきらと思わせぶりに輝きながら、無害のまま、沈黙を保った。

 やがて破片は一か所に凝集し、無意味でモダンな、高級そうな雰囲気の彫像となって、窓辺に立った。そこに作者の名はなかった。

 男はその彫像を見るには見たが、その抽象的でグロテスクな形や、深い色合いやなめらかな表面を見ても、何も気づかなかった。そもそも彫像がいつからこの家にあるのか、それすらわからなかった。彼は心の中で、この芸術作品を選び、この理想的な場所に置いたらしい妻のセンスに舌を巻いた。

 男はさらに、この夢のような住まいに完璧に溶け込み、順応している彫像の芸術性に感嘆した。押しつけがましくなく、場所をとりすぎもせず、みずみずしく、独創的で、アクチュアルで、とても斬新で、陰鬱で、刺激的で、ひどく思わせぶりで、強烈なインパクトがあり、誘惑的だった。まさしくぴったりだ。この家の全体像に。じつに魅力的な作品で、ここの市場価値を表すシンボルとして最高にふさわしい。まさに上出来だよ、ぼくの妻は。