ヨーロッパへの窓

★★★★★★

Windows to Europe

エストニア エストニア

『蛇の言葉を話した男』より

Mees, kes teadis ussisõnu (excerpt)

アンドルス・キヴィラフク

Andrus Kivirähk

1970年生まれのエストニア人作家。2007年発表の本作品は寓話的にエストニアの歴史や政治を風刺し、市場歴代トップ10に入る大ベストセラーとなった。また、フランス語版がケン・リュウ、ケリー・リンク等も受賞したイマジネーション賞を受賞、ヨーロッパ諸国で大きな話題となり、英語版を含め世界13か国以上で翻訳され、大きな成功を収めた。

アンドルス・キヴィラフク『蛇の言葉を話した男』
関口涼子 訳、河出書房新社、2021年6月刊

『蛇の言葉を話した男』より

アンドルス・キヴィラフク
関口涼子 訳

 森にはもうほとんど誰もいない。もちろん、スカラベや他の小ぶりな昆虫を除いては、だが。あいつらは、何が起こっても動じないと言わんばかりに、相変わらず羽をブンブン言わせ、キンキン鳴いている。飛んだ り、嚙み付いたり、血を吸ったり、ぼくが歩いているといつでも馬鹿げたやり方で足元にひっついてきて、地面に叩きつけられるか踏み潰されてしまうまではあちこち飛び回っている。彼らの世界はずっと変わらな い―― それも、長くは続かないだろう。彼らの堰合もまた終わりを告げるのだ! もちろん、その頃ぼくはもうこの世に はいない、誰一人としてこの世にはいないだろう。そ れでも、彼らの世界の終わりもまたやってくる、それ は間違いない。
 実際、ぼくはほとんど外に出なくなっている。週に一日、水を汲みに外に出るかどうか、というところ。ぼくは体を洗い、自分が面倒を見ている生き物の身体を洗う。その身体はとても温かい。水はたくさん必要だから、何度も行き来する。でも、道中誰かに会って、会話を交わすなんてことはほとんどない。多くの場合、道には人っ子一人いない、一度か二度、ノロジカやイノシシに出くわしたくらい。でもああいった動物は怖がりだから、ぼくの匂いを嗅いだだけでも怯えてしまう。ぼくが口を鳴らすと、身をすくめ、近づきもせず、目を丸くしてぼくを見つめる。びっくりぎょうてん、蛇の言葉を話す人間だ!  それで一層あいつらは震え上がる。頭から灌木に突っ込み、この身の毛もよだつ場からできるだけ遠ざかろうと、すたこらさっさと逃げ出したいところだろう。でもそれは叶わない。言葉が、蛇の言葉が、そうさせてくれないのだ。ぼくはなおも口で鋭い音を立てる。さっきよりもっと強く。もっと厳しく。ぼくはこっちに来るように命じる。獣たちはああどうしようもないよ、とでも言いたげに鳴き、いやいや足を引きずりながらぼくの方に近づく。もちろん、哀れをかけ、逃してやることもできるだろうがそうしたところで何になるだろう。昔のしきたりをすっかり忘れてしまい、自分たちはそもそも自由奔放に飛び跳ねるために生まれてきたんだとでも言いたげに下草を跳ね回っている奴らに対して、ぼくには奇妙な怒りがある。それで、ぼくはなおもぴゅーっという音を鳴らす。ぼくが吹き鳴らした言葉は沼地のようになり、そこから抜けだすことはできないのだ。自由意志をすっかり失い、獣たちは矢のようにこちらに駆けて来て、この圧力に耐えかね腸がすっかり飛び出る。細すぎるズボンを穿いた時のように腹は裂け、草の上に腸が散らばる。見るのも嫌な光景で、ぼくだって嬉しくはないが、それでも、自分の力を使わずにはいられない。彼らの先祖が教えたはずの蛇の言葉をこれらの獣が覚えていないのはぼくのせいじゃないのだから?