ヨーロッパへの窓

★★★★★★

Windows to Europe

リトアニアリトアニア

いつまでも変わらぬものはない

Niekas nestovi vietoje

リジア・シュムクーテ

Lidija Šimkutė

Lidija Šimkutė is a Lithuanian and Australian bilingual poetess, translator. Born in Lithuania in 1942, she now resides in Australia. L. Šimkutė has published three poetry books in Lithuanian, twelve bilingual poetry collections, her poems were published in literary magazines and anthologies in Lithuania, Australia and USA. Her poetry has been translated into sixteen languages, including Japanese (six books by publisher Chinkurinkan). Lidija has also translated Australian poetry and prose into Lithuanian and Lithuanian poetry into English. Lidija‘s poetry has inspired music composers and performers and was used in modern dance and theatre performances. Most people comment on the brevity of Lidija Šimkutė‘s poetry and are amazed at her concentrated images. Others compare her worldview to haiku poetry.

リジア・シュムクーテはリトアニア語とオーストラリア英語のバイリンガルの詩人、翻訳者。1942年にリトアニアで生まれ、現在はオーストラリア在住。3冊のリトアニア語詩集、12冊のバイリンガル詩集を出版。詩はリトアニア、オーストラリア、米国の文学雑誌や選集にも掲載され、日本語(竹林館より出版の6冊)を含む16の言語に翻訳されている。 また、オーストラリアの詩や散文作品をリトアニア語に、リトアニア語の詩を英語に翻訳している。リジア・シュムクーテの詩は、作曲家や演奏家に影響を与え、モダンダンスや演劇でも採用されている。特に、その詩のシンプルさを評価し、研ぎ澄まされたイメージに魅了される人が多い。その世界観は俳句と比較されることもある。

リジア・シュムクーテ
薬師川虹一 訳

いつまでも変わらぬものはない
にょきっと空に現れたのは2本の角だ。角は雲に飛び込んだかと思うと青空の中に消えた。そして「いつまでも変わらぬものなどない」
という文字が空に浮かぶ。 これは幻覚?それとも世界中に蔓延するあのウィルスの感染症状?
すると、驚いた。ヤギのような角を生やした奇妙な奴が、隠れていた雲の中から姿を現してきたのだ。あれはパン神だ。半人半獣の醜い姿で野生の本性のままに現れてきたのだ。かくれんぼう遊びに興じているのか、雲の間に見え隠れしている。突然葦笛を取り出すと、誘惑するような調べを吹き鳴らし始めた。追い求めるパン神から逃げ、神秘の力で自らの姿を水辺の葦や松の木に変えてもらってまでして断固彼を拒んだ可愛いたち、シュリンクスやピテュスを取り戻したいかのような切なる調べだった。
催眠術のようなその調べが空を覆うと、一片の雲が突然渦巻き始め、光を放つ輝く髪となり、大理石のような白い肌の女性の裸身が現れた。これはシュリンクスだ。どこまでも追いかけてくるパンから逃れるために、水辺の葦に変身することを選んだのだ。いつの日か彼女がよみがえってくれることを切望して葦笛を奏でていたパンは、笛を取り落として彼女を抱き寄せようとした。しかし、またしても彼女は風にそよぐ葦へと姿を変え、彼の手からするりと逃れると姿を消してしまった。
私は目をこすった。私は何かのお告げでも見ているのか?再度目をこすって空を見上げると、その光景は消えることもなくそのまま残っている。
招かれざる他所者のパンの姿に天界はわずかに身じろいだが、パンが天界にメッセージを送っているという理解はされなかった。白い雲が真っ青に染まり、空は黝ずみ、雷鳴がとどろき、稲妻が、そしてまた稲妻が走った。
周囲のすべてを打ち砕かんばかりに雷鳴がとどろき、雷光にパンの身体は煌々と輝いた。彼は天からの怒涛に飛び込み、突き抜け、バク転し、飛び上がり、竜巻に巻き込まれたようにくるくるスピンした。パンは自分から逃げた女たちを狂おしく求めていた。しかし彼が強く求めれば求めるほど、天界は怒り、彼を激しく駆逐しようとする。
やがてパンは飛び回るのをやめ、雷雲のように大きく顔をしかめて私の前に立ちはだかった。私は彼の尖った角に触れないように、思わず身をすくめた。
「なぜ天は私を追い払おうとするのだ。なぜこんなに荒れ狂うのだ。」 彼の声は響いて私の鼓膜に突き刺さった。過剰に反応する天の前で、彼はどうすればよいのかわからなかったのだろう。問いかけても、山羊のような彼の心には何の答えも返ってこない。
私は地上のものだから、パンが春という季節につながっていること、 新しい生命、新しい始まりとつながっていることを天界は十分に承知しているはずだと知っている。
するとその時、パンから逃れて松の木に姿を変えたピテュスの声がした。「パン、あなたの角をこの混沌とした天空にしっかりと突き立てるのです。
この声にパンは自分が神であったことを思い出し、神としての自分を取り戻した。ピテュスは自分を完全に否定したのではなく、今の取り乱した姿を憐れんでくれたのかと思うと心が安らいだ。
彼は天界の怒りに真正面から向き合おうと決心した。しかし、まだ自分と敵意に満ちた暗黒とを理解してはいなかった。闇にうごめく不気味なデマ神たちがいるのだ。彼らはさまざまな形をとって天空で猛威を振るい、超人的な力でパンをさらに苦しめた。
私が心の隅でふと思ったのは、この光景は、ひょっとすると遠い太古の世界が、人類へ知識を与えられようとしているところなのではないだろうか、ということだ。パンは自分が悪霊たちの一味になることにジレンマを感じていたのかもしれない。「パンデミック」という造語が彼を戸惑わせていたのだ。彼はこの「パン」と「デミック」の合わせ言葉を何度も繰り返し口にしてみたに違いない。そして我々すべての中になものがあるということに思い当たったのだ。
パンはさまざまな情報源から発せられる多様なメッセージに困惑していた。神々も、疑似神も、動物も、人間も、誰もかれもが入り乱れるメッセージに混乱していた。無知というから息を吸い込んでいたのだ。
ピテュスの消え入りそうな声が天上から聞こえてきた。「このパンデミックというものの本質を受け入れなさい。これが新しい始まりにつながるのです。」 二人の妖精、ピテュスとシュリンクスの声が天空からこだました。「いつまでも変わらぬものなどありません。」 パンは自分の角でこの言葉を空に書いたことを思い出した。
空は晴れ渡り、私の幻は夢のように消えた。