Dragomán György s a Hungarian writer and literary translator. He was born in Târgu Mureş (Marosvásárhely), Transylvania, Romania in 1973. In 1988, his family moved to Hungary. He attended high school in the western Hungarian city of Szombathely, where he met Anna T. Szabó, poet and writer, whom he later married. He started writing in the age of 13, now he mainly writes short stories and novels. He studied in Budapest (ELTE), getting a degree in English and Philosophy.
His best-known work, The White King (2005) has been translated to more than 30 languages, and is planned to be published in Japanese as well.Dragomán also writes for Hungarian and foreign magazines, like Paris Review, Neue Zürcher Zeitung, Le Monde, The New York Times. He has received various literary awards for his writings, such as the Attila József Prize sent to writers in Hungary, the Culture Prize of the Romanian Cultural Center in Budapest, and the Jan Michalski Prize for The White King. His hobby is cooking, shares his recipes regularly on his homepage. His cookbook is to be published soon in Hungary.
Works available in English: The White King, The Bonfire (expected in 2021)
ドラゴマーン・ジェルジ (1973年生まれ)はルーマニア・トランシルバニア地方生まれのハンガリーの作家、翻訳家。1988年にハンガリーへ移住し、現在ブダペスト在住。ハンガリー西部ソンバトヘイ市の高校で詩人・作家であるサボーT.アンナと知り合い、結婚。13歳から作品を手掛けており、短編と長編小説を中心に執筆中。ブダペストのELTE大学(ブダペスト大学)で英文化と哲学を学ぶ。既に30カ国語以上に翻訳されている小説『白のキング』が日本でも出版予定。Paris Review, Neue Zürcher Zeitung, Le Monde, The New York Timesなど、ハンガリー国内外の著名な新聞や雑誌にも作品を掲載。ハンガリーで作家に贈られるヨージェフ・アティッラ賞を受賞し、ブダペストにあるルーマニア文化センターの文化賞、『白のキング』はスイスのJan Michalski賞を受賞。
趣味は料理で、自身のホームページでは定期的にレシピを掲載しており、ハンガリーで料理本も出版予定。
ドラゴマーン・ジェルジ
簗瀬さやか 訳
未来男はくちゃくちゃハムを食べている。
おかわりはない、そう母さんに言われても、やつは笑って言い返す。いやいや、 冷蔵庫の 2 段目にイタリアのおいしいハムがまだ残っているでしょう。3 日前、 お宅の旦那さんが、無性に食べたくなったからと買ってきたやつです。でももう 彼が食べることはないのだし、出してきてくださいよ。わたしのお腹におさまる のが一番です。あとワインもお願いします、坊やが高校を卒業したらプレゼント しようと、タンスの上に隠してあるでしょう? ハムときたらワインでしょう。
やつは土気色の肌、がたいの大きな、はげた男で、ぼくは家に入れたことを後 悔していた。母さんから誰も入れるなと言われていたのに、ごらんの通り、ぼく は言いつけを守らなかった。でもやつは父さんに言われてきたんだよなんて言 ううえに、こういう時のためにと父さんと決めておいた秘密の合言葉も知って いた。家にあがった未来男は部屋をぐるりと見渡して、クンクンにおいをかいで こう言った。思っていたとおりのお宅です。家のにおいだけは想像できませんで したが、すてきなにおいですね。わたしが住んでいたところにはもう存在しない においです。そう言ってやつはソファーにドスンと座り、ビールを取ってこいと ぼくを台所へ行かせた。
4度目に台所へ行けと言われた時、ぼくはやつに言ってやった。もう嫌だ、父 さんに電話する。でもやつの返事はこうだった。いい考えだ、そうしたまえ。で もやるだけ無駄だよ。事務所の人は呼び出し音が 5 回鳴らないと出ないだろう し、受話器を取るのもマルチおばさん、お父さんはいませんと言われるよ。次に 君はおばあさんの家に電話する。電話口に出るのは家政婦で、おじいさんは草刈 り中で忙しいと断られ、その人だってお父さんのことはわからない。どこにかけ ても同じだよ。わたしにはお見通し。君が電話する先を一から順に言うことだっ てできる。途方にくれて、しまいに君は警察署にも電話する。でも 17 回鳴らし ても誰も出やしない。大泣きして、結局はわたしにビールをもってくることにな るのさ。でもまあ最後までやってみたらいい。そうせざるをえないのだから。ぼ くは不思議に思い、どうして未来がわかるのさって聞いてみた。やつは言う。今 君に話してもきっと信じない。だから電話をかけまくってみたらいい、お母さんが勤める幼稚園にもかけなさい。泣きながらしゃべるものだから、4回言わない とイルカ先生は君の名前を聞きとれないだろうけど、お母さんが出たら早く帰 ってきてと頼めばいい。そうしないと信じられない。だからやってみなさい、わ たしが言ったとおりになるはずだ。
母さんがハムをもって部屋に入ってくると、未来男は難癖をつけて台所に追 い返す。そんな普通のお皿じゃなくて、もっときれいな来客用のでお願いしま す。忘れたふりなんかせずにワインも早く、グラスも忘れないで。でも、今回だ って無駄なんです、もうあと2回お願いしないと、あなたはワインを開けてはく れない。仕方のないことです、どうせ避けては通れない。
ぼくはやつから目を離さずに、腹ばいになってソファーの方へ忍び寄る。ズボ ンから父さんのフィンランド製のナイフをすっと抜き、やつに向かって飛びか かる。でも狙いは外れ、ナイフはソファーにずぶり。やつがテーブルにあった船 の模型をつかんだからだ。やつが来たときに作りかけていた船。ぼくはそれで顔 を殴られ、ひっくり返る。未来男はハムをごくりと飲み込んで、脂ぎった顔を父 さんのカシミアのショールでぬぐい、そのあとぼくに放ってよこす。鼻血をふき なさい。これぐらいで勘弁してやる。君がこうくることはわかっていたよ。お父 さんの持ちものを窓から捨てられて、怒る気持ちもわかるがね。そうこうしてい るうちに残りのハムとワインをもって母さんが部屋に戻ってくる。未来男は話 し続ける。どうぞ座ってトレーを置いてください。わたしの話をお聞きになった ら、ショックのあまりトレーを落としてしまうでしょう。そしたらもったいない ですからね。あなた方にとっては辛い話になるはずだ、きっと泣きに泣いて、泣 き崩れてしまうでしょう。でもわたしは話します、避けては通れない道です。そ う、旦那さんはお戻りになりません、お亡くなりになったのです、このわたしが 駅のホームから突き落としました。わたしははなからそうするつもりで来たの です、それが地球での最初の仕事。そんなわけで彼の体はもう亡骸、これからは わたしが一緒に暮らしましょう。きっとうまくやれますよ、初めは憎いと思って いても、そのうち慣れてお互いのことが好きになる。そうなるとわたしは知って いるのです。時には君をひっぱたくかもしれないけれど、それだって避けられな いこと。でも大丈夫、ちゃんと警告してあげます。でないと、とても未来脱出者 とはいえません。未来のことは何でも全部知っている、わたしのそういうところ が気に入ってもらえるはずです。もうおわかりかと思いますが、包み隠さず申し 上げます。これも避けては通れない。そう、わたしはお宅を目指してやってきた未来からの脱出者。地球が消滅する数時間前の世界からやってきた。一人ででは ありません、大勢で来たのです。この美しい 21 世紀、まだ比較的健全だったこ の時代にね。我々はそれぞれひとつの家族を選んだのです、それぞれが一家族ず つです。お宅にはこのわたし。わたしがあなた方を選びました。競売で競り落と し、オークションで勝ちとってね。こうしてようやくお宅にたどり着いたのです から、わたしはここに留まります。残されたわずかな時間をあなたがたと楽しく 過ごします。
わたしがいれば未来を知ることができる。あなた方にしても願ったり叶った りでしょう? これからじっくり世界の終わりについて話してあげましょう、 一つひとつ、詳しくね。
......
夜になり、ぼくは眠いしクタクタだ。でも未来男は寝かせてくれない、あとち ょっと、あと少し、もうひとつ話をしたらねとしゃべり続ける。
ぼくは眠いしクタクタで横になりたい。いい加減にして、その話はもういい よ、何回もそればかり聞かされて、もう全部わかったよ、ぼくのせいじゃないん だから寝させてよ。
そう言っても未来男は笑うだけ。いやいや、君のせいなんだよ。いいかい、こ れから君は裸になって森に入り、死ぬまでそこで暮らすとしよう。食べものだっ て虫とか木の根、そういうものだけにする。でもそうしたって手遅れなんだ。君 だって世界の終わりを招いた一人なんだ。思い出してごらん、この 12 年の間に 君が髪を洗って⻭を磨き、お尻を拭いたその回数を。君が手を洗うたび、山に砂 が積もっていく。そしてあるとき山は崩れる。遠くない未来、この世界の上に崩 れ落ちてくる。
でもぼくは言い返す。山とか砂とかうるさいよ、昨日の話と違うじゃない。酸 の雨じゃなかったの? 大して汚れてもいないのに、靴下とかパンツとか何で もかんでもはきかえて、そういうのが全部、世界を壊す酸の雨になるって言った よね。
それにおとといの話だと、学校や幼稚園、柔道教室へ通うのに、ぼくがテクテ ク歩かずに、でかい車で母さんに送り迎えしてもらうのも、それが火の粉になっ て、いずれ世界を焼き尽くす炎の海になるって言ったよね。
すると未来男は脅してくる。いつまでもそんな減らず口をたたいていると、ひ っぱたくぞ。
構わないよ、たたかれるってわかっているから。未来がわかるのはお前だけじ ゃないんだぞ。口答えしたらどうなるかなんてわかるよ。これから殴るってと き、お前は決まってそうやって首をかしげる。でも嘘ばっかりつかないで。つら らの槍に火の雨に、あられの嵐に砂の山、それから酸の海だっけ? 一度に全部 が起こるはずはないもの。本当に世界の終わりから逃げてきたっていうのなら、 正解を知っているはずだ!
でも、次の瞬間とんで来たのはビンタじゃなくて、みぞおちに一発、肘鉄だっ た。息が止まって目がまわり、涙がこぼれ、喉の奥から苦いものがこみ上げてく る。
ビンタだと思っていたのだろう? 君の未来透視はまだまだ修行が足りない。 たとえ 11 日間ビンタが続いたとしても、12 日目も同じとは限らないだろう、違 うかい?
違わないよ、ぼくは呼吸が落ち着いたところでそう答える。やつはぼくがそう 言うと喜んで、いつも決まって真似をする。ぼくと口をそろえて違わないよと言 ってから、笑いながらその通りだと付け加える。こっちの方は自分だけのセリフ と思っているらしく、ぼくはいっしょに言わない方がいい。
違わないよ、その通りだ。未来男はお腹を震わせ笑っている。
そして世界の終わりがどうなったか。わたしはその日が来るのをじっと待っ てはいなかった。生き残った人類はみんなそう、ただ待つなんてできない。そん なことをしていたら、こうして君たちのところに逃げてなんて来られない、この 快適で豊かで肥大した、今という過去、君にとっての現在にね。そうだろう?
それに、実際のところ世界に終わりなんて来やしない。「はいおしまい」とな るには大きすぎる。空を見上げてごらん、たくさん星があるだろう? あの星た ちはこれからだって輝き続ける。いや、もしかしたら星自体はもう輝きを失っ て、見えているのは光だけなのかもしれない。けれどそんなことはどうでもい い。言いたいのは、いつかは、それも遠くない未来に、あの星だって消えるかも しれないということ。でもそれはわたしにはわからないし、断言もできない。だ ってそうだろう? わたしは神じゃない。未来から来たただの人間、難を逃れた 数少ない者の一人でしかない。少なくとも今のところはね。違うかい?
違わないよ、その通りだ。
でも、世界の終わりといったって、終わるのはこの地球、せいぜい太陽系の話 でしかない。もしくはこの惑星にのっかった生命の消滅、酸素を源とするわたし たち人類が消滅するだけかもしれない。確かなことはわからない。
でもわたしたちは、ある装置を作った。未来透視鏡というか未来鏡というか、 要は望遠鏡のようなもので、それを使えば 10 年先や 12 年先の未来が見える。 わたしたちは繰り返しのぞいてみたけれど、見えるものはいつも同じだった。い つだって空虚な暗闇、無が広がっていた。
未来男は黙り込む。僕にはわかる、やつは暗闇のことを考えているに違いな い、でもそのうちまたしゃべりだすだろう。
未来男は話し出す。世界の終わりは暗闇だ、どうしたってその日は訪れる。
君たちの行い、これからの振る舞い、そういう未来に対する行動のせいで罰を 受けるとき、それがビンタであろうと蹴りであろうと、肘鉄が加わろうと、結果 的には同じこと。痛いという事実に変わりはない。
痛いかどうかという問題ならば、痛いに決まっている。違うかい? 違わないよ。
その通りだ。