ヨーロッパへの窓

★★★★★★

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アイルランド アイルランド

『まるで魔法のように ポーラ・ミーハン選詩集』より

Poems from As if By Magic: Selected Poems

ポーラ・ミーハン

Paula Meehan

ポーラ・ミーハン
1955年ダブリン生まれ、ダブリン在住。アイルランドのダブリン大学トリニティ・カレッジ卒業後、アメリカのイースタン・ワシントン大学へ進学。マーテン・トゥーンダー賞(文学作品部門)、バトラー文学賞(詩部門)デニス・デヴリン記念賞、PPI賞(ラジオドラマ部門)など数々の賞を受賞。最新作 Geomantic (Dedalus Press, 2016)をはじめ、これまでに7作の詩集を出版。1996年には、詩選集 Mysteries of the Home を出版。戯曲には、Mrs Sweeney (1997)、Cell (1999)、児童向けのKirkle (1995)、The Voyage (1997)、The Wolf of Winter (2003-2004) などがある。彼女の詩にアヴァンギャルド作曲家のジョン・ウォルフ・ブレナンやフォークシンガーのクリスティ・ムーアといった多岐にわたるアーティストがメロディーをつけたほか、ダンサー、ヴィジュアル・アーティスト、映画監督との共同制作経験も豊富。アイルランド芸術家協会会員。As if By Magic: Selected Poems (Dedalus Press, 2020年)は愛知淑徳大学の大野光子名誉教授らの編訳で2022年9月に『まるで魔法のように ポーラ・ミーハン選詩集』として思潮社より出版。

『まるで魔法のように ポーラ・ミーハン選詩集』より

ポーラ・ミーハン
山田久美子・河口和子・河合利江・栩木伸明・大野光子 訳

「泉」 Well

山田久美子 訳

わたしはこの小道を知っている 目ではなく魔法の力で。
わたしのうしろには 丘の斜面に立つ小屋の明かりが
軌道をはずれた星のよう。月が欠けるのは速く
白い霜が草の葉一枚一枚に ルーン文字を刻む。
この小道はよく踏み固められている。木イチゴや
花咲くブラックソーンの脇を バケツをひきずって歩く。
わたしはこの小道を知っている 目ではなく魔法の力で。
次の朝 乱れた服のままで家へ戻っても
わたしには言葉にできない 泉でなにが起きたのか。
地球の腹の底深く煮えたぎる泉
その源を守る聖霊が性の魔法をわたしにかけた
そう説明してもあなたは相手にしてくれない
たとえ見せても同じこと
バケツの底に散らばったものたちを——金色の下弦の月
銀色に光る七つ星 我が家の玄関灯 
窓際で夜の闇を見つめるあなたの顔。

「巻貝を買いに」  Buying Winkles

河口和子 訳

母さんが わたしに六ペンス硬貨を渡しながら言った
「さあ 急いでお行き。 途中で知らない人に
話しかけたりしないこと。」 電球が切れた階段を
お化けに会わないよう 急いで駆けおり
ガーディナー通りに出たら ほっと一安心。
高い家々の 屋根の隙間から見える空に
月が見えたら もうけもの 星が出てたってそうだ
雨でも わたしは幸せ——だって 巻貝が
まるで夜空のように 濡れて
青く輝くんだから。 六ペンス硬貨をぎゅっと握りしめ
舗道の割れ目を ひとつずつ飛び越えて
敷居のところにいる女たちや 戸口に
たむろする人たちに 手を振りながら
飲みに行く男たちの間を縫うように うきうきと走っていく。

あの人はいつも ローズボール・バーの外の
橙色の木わくに座っていた
前には 巻貝入り手桶をどっさり乗せた乳母車。
バーのドアがさっと開くたびに
お酒と男たちの匂いが漏れて
金色の鏡に映る光が見える。
暖かい部屋の中にいる人たち皆が 羨ましかったなぁ。

もう一回 ちゃんとしたやり方をみせてよ と頼んだ。
あの人はピンをショールから外して こう言った——
「蓋を開けること。そう。手応えがあるまで ぐいっと
ピンを突き刺す それから ねじって出す。
いいかい そうっとだよ。」 おまけにくれた とびきり甘い巻貝が
海を わたしに運んできてくれた。
「母さんに伝えておくれ 今朝獲ったばかりの 生きのいい巻貝だって。」

わたしは 巻貝で膨らんだ
新聞紙をねじった包みを
松明みたいにかかげながら 誇らしく 家に帰った。

「わたしを崇めないで」 Not Your Muse

河合利江 訳

わたしを崇めないで 美の女神様みたいに
貝殻の上でポーズを取る 美しい身体の
ビーナスとは違いますから。
わたしは普通の女
月の満ち欠けとともに 二十八日周期で
六日間血を流す女。確かに
恋は盲目というから
あなたの作品で癒されるのも 悪くない
作品の中のわたしは 完ぺきで輝いていて
すぐにモヤモヤしてしまう わたしの心を解きほぐす
とはいえ 必死なわたし 貧乏なわたし
泣きそうなわたしも

わたし。一度はそれでやり過ごせたかもしれない。
二十代の頃のわたしは 永遠が欲しくて
セックスしていた節もある。まあそれは冗談。
そしてまた わたしはまんまと
釣られてしまった。あらあら
うっとり酔ってますね。キャンバスには

ウソばかり 胸は垂れていないし
シワや妊娠線もない。
だけど それであなたがご満悦なら
残酷な白日の光や 容赦ない空の下で
あなたの描いたお人形を確かめてみろ なんて
戦闘服を着たわたしがいうのは やり過ぎですかね。

「聖フランシスの幻になった父」My Father Perceived as a Vision of St Francis

栩木伸明 訳

ブレンダン・ケネリーに

お隣の庭のまだらの馬が
明け方にいなないたので
すっかり夢から醒めてしまった。
ネクタイやセーターや秘密でいっぱいの
今では弟が使っている
久しぶりのこの小部屋。
玄関の石段に牛乳瓶のふれあう音
始発バスが停留所に止まった。
家中は寝静まったまま

父だけが起き出して。 聞こえてくる
暖炉から灰を掻き出して
ケトルのコードを差し込んで
鼻歌をひとくさり。 勝手口の錠をあけて
庭へ降りる気配。

もう秋もおしまい 初霜が
向こう三軒のスレート屋根を白く染めていた。
父はおもったよりも老けていて
髪はまっしろ
かがんだ姿が猫背なのに
はじめて気づいた
膝もよく曲がらないみたい。 何をしているの?
こんなに早く 西の空にはまだ星が見えるのに?

そこへかれらがやってきた 鳥たち
大きいのや小さいの いろんな色や形の鳥たちが
生け垣から 藪の茂みから
軒先から 納屋から
工業団地から 遠くの野原から
ダッパー・クロスのほうからも
ノース・ロードのどぶ川からさえ やってきた。

父が両手を さしあげ ひろげて
パンくずを 投げあげると
庭いちめんが パンデモーニアム。 太陽が

オライリーさんちの煙突をくっきり見せた瞬間
父はにわかに光を放ち
かんぺきな聖フランシスの幻になった
壮健な若い姿に
フィングラスの庭で。

「スノードロップ」 Snowdrops

大野光子 訳

長いあいだ 描いてみようとして うまくいかなかった
コンクリート歩道に落ちる スノードロップの花の影。

花の色は 白というより 緑を晒しきった白さ
地面に膝をついて

花びらを少しだけ傾け 中を覗いてごらん
ペチコートの下に見えるのは

隠されている日の光 みたいな
金色の陽だまりと

小さな 縞模様の 緑の日除けが三つ
ささやかな祝祭の気分を盛り上げている。

今日は 二月一日
花束にしようと あやうく摘んでしまうところだった
 
死期のせまる友よ あなたのために でも思い出した
どれほどあなたが 花は摘まずに枯れるに任せ

土に戻らせるほうを好むかを そうすれば
株は強くなると教えてくれたのも あなただった。

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